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最新エントリ
2012/03/17
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (10:20 am)
(僕とパチンコ)

旅行記も少し膠着気味なので〜気分を変えて「パチンコの話」をしてみましょう。

 僕がパチンコ店(お祭りやゲームセンターなどの「お遊びのパチンコ」ではなく、ギャンブルをする 本物のパチンコ店ですぞ。)に出入りしだしたのは〜確か小学校の3〜4年生ころのこと…。

 …とは言っても、不良よろしく一人でとか、ダチと一緒に とかいうものではなく…親父に連れられて行ってたわけです。ハイ。
親父の会社の若い衆が一緒だったことも たまにありましたね。

当時のパチンコは、立ったまま タマを1個づつ投入して、ハンドルを弾く原始的なやつでした。ですから〜小学生の僕は、背が届きかねていたましたね…(笑)。

パチンコ機も、チューリップなどという役物は まだなくって〜いくつかある穴に、タマが入ると「ジャラ―ン」と気の抜けたような音とともに、タマが15個出てきていたと記憶しています。
しかも終わって、景品に替えるときには「菱形のトレー」のような物に、出玉を入れてカウンターのおばちゃんが、数をいちいち手作業で数えていましたね。のんびりした時代ですわ。

 まあ解説はそのくらいにして…

ある日の夜〜僕は不良親父に連れられて、いつものようにパチンコ店で イッチョ前の顔をして〜弾いていましたら、見知らぬオジサンが 僕の肩をたたきながら聞くのです。
「ボク…誰と来たの?」
しかも、怖い顔で…。


                                つづく
2012/03/16
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (10:05 am)
 話をもとに戻します。

 京都のハプニングで眼帯をした僕は、翌日 元気に山陽線のナンタラいう汽車に乗りました。(そのころ…関門トンネルがすでに出来ていたかどうかは定かではありません。)

 長い長い時間を、汽車に乗り〜ようやくその日が暮れて着いたのが、下関。
伯父が勤めていた、大手土木会社の海辺の社員寮(もしくは宿泊厚生施設?)に、十数名の子供たちが、泊まる事になりました。
その寮のことで記憶に残っているのは…浴場のスノコの下と言わず、板の間と言わず、甲羅の直径が5センチメートルくらいのカニが、我がもの顔で這いまわっていたことです。
幼心に、すごいところへ来たもんだと思いましたね。

 その夜中…
皆が寝静まったころ、いきなり「どっし〜ん!」と大きな物音!
同時に、誰だかわからないが「ギャー」と悲鳴があがった!
あわてて、電気を点けてみると、なんと4本足の台に乗っていた、大きなテレビが転がっていて〜年長の従姉(いとこ)の一人が その下敷きになっているではないか!

 推測ながら…誰かが寝ぼけてテレビを蹴っ飛ばしてしまったようである。
従姉の大泣きは、しばらく治まらなかったことは、言うまでもありません。

 ちなみに真犯人が誰であったか?真っ暗闇の中での出来事ですし、ましてみんな寝込んでいる最中のことですから…とうとう分からず仕舞いでありました。
「でも、ひょっとしてそれ…僕かも知んない。」とは、ないしょの話であります。
なぜなら… 覚えはないのですが、翌日〜妙に僕の片方の足の裏が 痛んだからであります。

 カクシテ…毎日なんらかのトラブルを起こしながら、その翌日 我が御一行様は、九州は大牟田の伯父の家にたどり着いたのでありました。


                                つづく
2012/02/09
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (10:05 am)
 S君は、好きな酒が目の前にあっても 下を向いてほとんどしゃべらない…
伯父がいう「えらい無口なんやなァS君は。ハハハ。遠慮せんと食べてや。」
僕が「おっちゃん、実はなあ こいつなあ…」
S君〜大あわてで「わあ!いただきます、いただきますがな。」と、僕の話をやめさせようと必死!

 これ以上いたぶるのも可哀そうなので、優しい僕は、内心「これくらいにしといてやろう。」と思いました。
当たり障りのない世間話の取り持ちに終始し、次第に打ち解けたS君でありました。

 ところが、酒が入って気が緩んだか、S君…政治の話を始めた。
「あちゃ〜」内心舌打ちをしながら僕は 二人の話を聞くしかありませんでした。
… ところが、意外な展開!
伯父が、「わしゃ、選挙は必ず謝会党か協産党に 入れることにしとるんじゃ。」と言い放ったのであります。
「ほ、ほんまですか〜おじさん、ごっつう話の分かるお人や!」
真っ赤な顔で、興奮したS君が叫ぶ!

 それから後は、あっけにとられる僕をしり目に、二人で事民党の悪口で大盛り上がり!
「このおっちゃん、いつから宗旨変えしたんや。」僕は内心毒づきながらも、「盛り上がってることやし、ま ええか♪」

 カクシテ… 楽しい酒に 大盛り上がりの一夜となったのでありました。
いやはや…世の中わからんもんですわ。


                                つづく
2012/02/03
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (4:11 pm)
 当時、伯父は叔母に先立たれて、やもめ暮らしをしておりました。
息子夫婦も市内に居るにはいたが…めったに帰ってこないようす。
そんな爺さんが作る料理ですから、むつかしい物は作れない。
「すき焼き」と「水炊き」が、1回ごとに交代で用意されていました。

 それでも、僕には血こそ繋がっていないけれども、身内の温かさを感じて 週末に伯父の家に行くのが とっても楽しみだったものです。

 ずーっと後になって 伯父と法事か何かで会った時に 話していたら、
「わしも、よしなりが土曜のごとに やって来るのが、待ちどうしかったんじゃ。」
と言われ、ジ〜ンと目頭が熱くなったものでした。

 そうそう…こんなこともありました。
伯父は、戦前「特高警察」をやっていたそうで、道理で怖い顔をしているはずですわ。
これは 思想犯を取り締まる(いわゆるアカ狩りですね)憲兵のような組織で、ずいぶん世間からも恐れられていたそうであります。

 さて大学時代の私の下宿に、親友のS君というのがいて、当時〜左翼系の学生運動に夢中になっておりました。
ある日、彼を誘って伯父の家に例の鍋をご馳走になろうと S君とそろって出かけた時の事。
もう少しで、伯父の家に到着という時に…私が何気なく
「そうそう、うちのおっちゃんは、昔「特高警察」だったらしいよ。」
一瞬、S君の足が止まった。
しかしもう家の前まで来てしまっている。
僕は笑いながら「気にしな、気にしな。昔の話や。」と言って、彼を家の中に 引っ張って入りました。

上機嫌で出迎えた伯父は、「よう来たな。ま お上がり。」
「こいつは、下宿でいっしょのS君いいます。」と僕
「おお、そうか。」愛想よく答えたつもりだろうが、元々が怖い顔の伯父…
S君は顔面蒼白〜消え入るような声で「よろしゅうに…」と言うのが精いっぱいでありました。


                                つづく
2012/01/21
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (11:38 am)
 それを聞いた姉は、たまらずしくしく泣き出したのでありました。
姉と言っても小学校3〜4年生ですから無理もない。
この時の、姉の涙は、なぜか50年経った今も鮮明に覚えているのです。

ちなみに、この時刺さった鉄片は、「おそらく 昼間乗っていた汽車の窓から 顔を出して向う風に当てていたときに 鉄道のチリが目に刺さったものだろう」との、大人たちの話であったようです。(昔の汽車は、窓が開いたのですよ)

 さて「こわい伯父」のおかげで、失明を免れた僕でありました。
この伯父の実行力と優しさには、感謝してもしきれない…。
そのときから、伯父に対する僕の気持は和らぎ、なつくようになったのは自然な成り行きと言えるでしょう。
伯父も又、僕のことを〜いっそう可愛がってくれるように なったのでありました。

*            *           *

 実はのちにこの伯父には〜この事件のずっと後…僕の青春時代、長きにわたってとってもお世話になったのであります。

 話が脱線しますが…話したついでにその青春時代にお世話なった経緯をお話ししましょう。あくまで「ついで」の話ですが…。

 それは、高校に入学したばかりの頃のことです。
僕は、実は高校時代から、故郷を離れて京都は洛北の男子寮に暮らしていました。
昼間は山岳部で先輩にしごかれ…
夜には寮で、先輩たちが威張っていて〜とても子供にはきつい生活でした。

 そんななか…週に1度だけ楽しみがあったのです。
それは、毎週土曜日の夕方、寮を出て「叡電」(比叡山電車の略。京福電車のことです)と市営バスを乗り継いで、京都は北山にあった伯父の家に 夕飯を呼ばれに通いました。
クラブのきつい練習を終えて、京都で唯一の身内を訪ねることが、高校1年生の僕にとって「ただひとつの安らぎの時間」だったのであります。


                                つづく
2012/01/13
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (1:53 pm)
 異変は、京都の伯父のうちに泊まった その夜に起きました。

 皆が寝入った夜中のこと…
僕は、左目が痛くって、夜中に目が覚めたのです。
しくしくと幼い僕の目は痛みが増していくばかり…
しばらく我慢していましたが、とうとうたまらず泣き出してしまった!

 雑魚寝で僕の横あたりに寝ていた2番目の姉(日焼け止め事件で登場した姉の3つ下の姉です)が「どうしたん?ボク?」
僕は、目のたまらなく痛いことを訴えました。
姉は、あわてて階下に降りて行き〜家人を起こしたようです。

 すぐに例の「こわい(警察官の)伯父」が、のっそりとやって来ました。
すでに 伯父が怖いなどと言ってられない痛みに僕は、泣き続けておりました。

 その後の、伯父の行動は素早かった!
自転車の後ろに、僕を乗せて(警察官にあるまじき交通違反ですね)走り出しました。
姉はその後を 走って追いかける。

 真夜中の商店街の中を疾走して、「××眼科医院」の看板の前で飛び降りると、伯父は表のドアを「ガンガン ドンドン」叩きだしたのでした。
やがて、眠そうな夫人とおぼしき中年女性が現れ、事情を聞いて奥へ戻りました。
待つ間もなく、明りが点いて僕は泣きながら診察台に座らされたのです。
やたら明るいスポットライトに照らされて、眠そうなじいさん医者が覗きこむ…
「ボク…痛いけど我慢でけるか?目えつむったらあかんでえ!」
僕の返事を聞く間もなく、何かおどろおどろしい道具で、左目に「グサッ」と来ましたね!
「グウッ…」
あまりの痛みに、失神寸前になりながらも、瞼はシッカリ先ほどの夫人(兼看護婦)に押さえられて瞬き(まばたき)も出来やしない!

 でも手術はあっという間に終わりました。

泣きじゃくる僕をよそ目に、医者は伯父と姉に説明をし始めました。
「何か、鉄片のようなもんが、目玉のピッタリ芯に刺さっておましたわ。」
さらに続く話によれば
「このまま朝まで放っておいたら、目え見えんようになったかもしれまへんな。」


                                つづく
2011/12/22
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (10:37 am)
 今年もクリスマスがやってきました♪
うんと昔のことですが…おもしろいエピソードを思い出したので書いてみましょう。

 それは、ふたりの娘がまだ幼いころ…
そう、サンタクロースを信じていたころのお話です。

 娘たちは、クリスマスが近づくにつれ、サンタのおじさんが聖なる夜に、トナカイのそりに乗ってやってくるのを指折り数えて待っておりました。
そして、素敵なプレゼントを夢見ていたのであります。

 そして、その年のイヴは、素敵なことに雪が降って ホワイトクリスマスとなったのでした。
鈴の音をシャンシャンと鳴らして、お空からやって来るサンタクロースはきっと大きなプレゼントのいっぱい入った袋を担いでいることでしょう♪
二人の寝顔は可愛くってたまらなかったです。ええ。

 次の朝は昨夜からの雪も上がって、明るい日差しが 南向きの窓から差しておりました。

 うえのお姉ちゃんが、
「わあ!サンタさんが、プレゼントをくれたよ〜ママ!」
大喜びで起きてきました。
その声に起こされた下の娘も、
「やった〜あたしにもくれたよ〜!」

 それは、幸せに満ちた、我がファミリーのクリスマスの朝でありました。

 ところが、次の瞬間…
何事にもシッカリしている下の娘が言い放ったのであります…
「これ、ダイエーの紙(包装紙)だあ…。」

 同時にズッコケてしまった〜妻と私でありました。


                               つづく
2011/12/17
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (4:27 pm)
 僕の父親は、6人兄弟の3男で、兄弟付き合いもそれなりに仲良くやっておったようであります。
そのこともあって〜それぞれの住所はおもに西日本(大牟田、福岡、新居浜、京都、そして富山)に散らばっていましたが、僕たちいとこ同士を夏休み毎に兄弟のどこかの家に集めて、まるで合宿のような生活をさせてくれたものです。
その数…なんと18名!
伯父さん叔母さんを入れずに〜従兄弟だけの人数ですから、そりゃもう大人数です。
従兄弟の年齢も、同い歳の者は不思議といなくて、下は幼稚園から上は大学生〜社会人までズラッと並んでおりました。

 ある年の夏休み… そう、たしか僕が小学校1年生の夏休みに、皆で福岡県の大牟田の伯父の家に集まる事になりまして…
富山勢(富山には、私の父親とそのすぐ下の伯父家族がいたので従兄弟も大人数でした)7名が、急行「立山」に乗って出発したのでした。
多分7月の下旬であったろうと思います…。

 そう〜その頃はまだ蒸気機関車でありまして、遅い事おびただしい。
朝のうちに出発して〜夕方京都の伯父叔母の家にたどり着くのが 精一杯でありました。

 京都の叔母が 僕の父の姉でして、伯父は義理の伯父。
しかも厳つい(いかつい)顔をした警察官でありました。
さらに、剣道7段だか8段だかの猛者でありまして、警察官の剣道大会で全国優勝をしたらしい…(おおこわ)

 そこんちの二人の従兄とは仲良しだが、強面(こわもて)の伯父はいただけない…。子供のことですもの当然ですわ。。2メートル以内には近づきたくなかったです(笑)。


                                つづく
2011/12/03
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (4:46 pm)
 昨夜、久々で家族全員で夕飯を食べた後のことです。

 というのも…我が家は、風邪引きさんがたくさんいて、長女のダンナもその一人で、仕事を早めに切り上げて帰宅したので、にぎやかにオールキャスト5人での食卓と相成ったわけであります。

 さて…風邪引きさんのもう一人は、もうじき3歳になる孫でありまして、彼女の薬は、ドロッとしたキッズ用の水薬でありました。
我が娘は、いつも飲ませるのに苦労していたようですが、近ごろは孫も成長したと見えて、案外スンナリ飲んでくれるようになったとのことでした。

 食事が終わった後、婿殿(パパ)と孫は、風邪引き同士で、コタツに並んですわってテレビを見かけていました。
いつものように、(我々がまだいるダイニングで)スプーンで薬をすくって、コタツの所までそろそろと ママはもっていったのであります。
無事投薬もすみ、ダイニングに戻って来たとたん、ママは弾けるような大きな声で何事か叫んで、次の瞬間笑い出したのです!

 なんと娘は、その薬を孫の口に入れるつもりで、横にいたパパに「あ〜ん!」と言って飲ませてしまったのでありました。
「ガハハハ…」「あははは…」家中大笑い!(孫だけはキョトンとしていましたね。当然ですね。)

 飲ませたママもママですが、それを素直に「あ〜ん」と口を開いてペロリと飲んだ「パパもパパ」だと思いません?みなさん(爆笑)


                                つづく
2011/11/05
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (4:47 pm)
 「あれっ?おかしいな…」
僕の日焼けした腕は、何にも変わらない!
「おかしいぞ。こんなはずじゃあ…」

 その夜…
僕は、訴えるように 姉に言いました。
僕:「ねえちゃん。あのワイキキパールってインチキだね!」
姉:「なにがあ?よしなり。」
僕:「だって、僕塗ってみたけど ちっとも白くならんかったもん(怒)」
姉:「???…どういうこと?」

…そして次の瞬間 姉は僕を指差しながら笑い出したのです!
姉:「おまえ、ダラか。あれは塗ったら白くなるんじゃなくって、塗ったら日に焼けにくくなって黒くならん薬なやがぞ。アハハハ。」
そばで聞いていた、母までがいっしょに笑っている。(恥)
顔が真っ赤になってしまった僕!
幼さゆえの無知でありました。
… おまけに
姉:「…ということは、絶対さわったらあかんって言うとったがに、使うたなあ(怒)」
さんざんバカにされた上に〜怒られてしまった哀れな少年でありました。(涙)


                               つづく

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