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最新エントリ
2012/10/06
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (3:28 pm)
 中学生の頃は、いたずら盛りと申しましょうか。
ずいぶんと親父に迷惑をかけたものです。
中学1年生の秋であったと記憶していますが、こんな事がありました。

 ある日の登校中のこと…
折悪く、僕の嫌いな「生活指導」の先生が、校門のところで、生徒たちの「持ち物検査」をしていたのであります。
僕がそれに気付いた時には すでに時遅く、逃げ隠れ出来ない〜校門の中まで入ってしまった時でした。

 「おい、そこの!ちょっと待て。」
奴は、陰湿な目で僕を睨み、手招きをして言いました。
「お前のナップサック ちょっと見せてみい…」
素直な僕は、仕方なく奴に背負いのザックを渡しました。
ザックの口紐をゆるめると、奴はおもむろに中を覗きました。
「……」一瞬 この教師は、口を半開きにしてポカーン…
ポカーンとしたまま数秒が流れ、かすれた声で奴はこう言った
「なんだこれは?、教科書はどこや?」
「…忘れてきました。」
「わ、忘れてって〜だいたいカバンはどうしたんだ!?」
「…わすれて…きまし…」

 ナップサックの中には、マンガ本が数冊入っているのみ…だったのであります。
あちゃーえらいこっちゃ。間が悪かったあ。
しかし、実はそれはその日に限った事ではなくて、重たい教科書関係は、毎日机の中に入れっぱなしであったわけです。
まあ、今でいえば「省エネ、いやエコ通学」を実践していたわけですな。(笑)


                                つづく
2012/09/21
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (4:13 pm)
「…だが、正直に私に知らせに来たことは、たいへんよろしい。」と、校長先生は意外なことを言ってくれました。心なしか、お顔も和んでいる♪
意外な展開に 聞いていた悪ガキたちは、少し安堵の表情…
だがしかし、かの女史は、真っ赤なおっかない顔だ。
それを見て、またまたガキどもは、下を向く。
蒼くなったり、赤くなったり目まぐるしく面々の顔はまるで七面鳥のよう!

 それから、数日後の夜…
今度は、僕の親父が怖い顔で、「お前いったい何をしでかしたんや?」
「警察から、お前を連れて交番へ来い〜と言うてきたぞ!」
学校で、ゲロしたもんで、すっかりミソギは済んだと思っていた僕は、やはり子供でした。

 次の日の午後、蒼い顔をした僕は、親父に付き添われて、最寄りの交番へ出頭したのでありました。

 そこで、親父は、ひとしきり先日のお巡りさんから、説教を聞かされ、ペコペコ 〃 。
そのあと〜僕は、「始末書(みたいなもの)」を書かされ、仮釈放と相成りました。

でも意外と、親父はそのあと帰ってからも 僕に対して〜何も言わなかったですね…。
それは何故か…?
 後日談ですが…どうやら警官からは、悪質なものではないが、補導した以上〜(まあ感心したことでもないので)一応 カタチばかりの書類を書かせて処理をしたとのことであったようです。

まあ、言うなれば〜お役所仕事ですわ。僕が言うのもなんですがね…。


                                つづく
2012/09/01
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (11:00 am)
 僕を先頭に、悪ガキ4名は 恐るおそる校長室に近づいて行きました。

「どうせ自首するなら〜偉い人の方が話が早い。」と思ったかどうかは、覚えていないが、担任のヒステリー女史は、ちょっと苦手なタイプであったからかもしれません。

… で、校長室の戸に手がかかった瞬間、ガラっと戸が開いて〜出会いがしらに 校長と目が合ってしまった!
あっという間もない。
「どうしたね?、君たち」と校長
「ぼ、僕たちお巡りさんに注意を受けました。」と僕
「えっ何だって?とにかく中へ入りなさい。」

校長室なんぞは、初めて入る僕たちでしたが、フカフカのソファーに座らされても「針の蓆(むしろ)」に座すがごとくでありました。

 僕はリーダー格(行きがかり上)として、事の顛末を説明しました。
他のガキどもは真っ青になって うつむいたまま。
校長は、深刻な顔をして、僕の話にいちいち頷いてくる。

 やがて彼は、机上の電話を取り上げると
「××先生がいたら、私の部屋までちょっと来るやうに。」
などと、僕らの担任女史を呼び出している。

 しばらくして、女史は学年主任の先生に伴われて、入室の運びである。

 僕は、「こりゃもうアカン」と覚悟しましたね。
宿題を忘れただけでも、ほっぺをつねる様なヒステリーですから、こりゃもう駄目だ…
「煮るなと焼くなと好きにしてくれ!」ってな気持ちですわ

 担任とは、目を合わせられない哀れな僕でした。
校長は、間近に二人の先生を呼ぶと、「ひそひそ…。」
おそらく、事の成り行きを話しているのでしょう。

 やがて3人の判事は、哀れな少年4名の罪状を告げるために、トイ面のソファーに身を乗り出して腰掛けました。

 校長は、ことさらゆっくりと口を開くと…
「君たちのやったことは、いけないことだ。わかるね。。」
「コックン」(一同、力なく頷く様子)
ところが次の瞬間、思いがけない言葉が、同じ校長先生の口から洩れたのであります。 


                                つづく
2012/08/17
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (2:56 pm)
 悪ガキ数名は、重たい〜その輪ッパ状の鉄のかたまり(のような物)を転がしてクズ鉄屋(そんな職種がたしかあったように記憶していますが…定かではありません)へ持って行った…。

 しかし工場のオヤジの返答は つれないものでした。
「なんじゃこれは…こんなもん持ってきやがって。」
さらに「これは鉄とちゃう。置いてあった所へ帰して来う!」

ガキ共は、しょげかえりましたが、そこは純心なものです。
すごすごと来た道を帰って行きました。
そう…重い輪ッパをまた転がして。

 ところが〜道半ばまで帰って来たところで、事態が急変したのであります。

 「こらお前ら、そんなもんどっから持ってきた!ああ〜ん?」
見ると、声の主は、ガッビーン!なんとチャリンコに乗ったお巡りさんでありました。
お巡りさん…というだけで もうビビってしまった僕は、それでもリーダー格として それまでの成り行きを説明したものであります。

 お巡りさんは〜人の話をいい加減に聞いておいて「お前ら、すぐ返して来い!」と怖い顔。
「だ、だから今、返しに行く途中なんだけど…」と僕。
「何をごちゃごちゃ言うてんのや。お前、学校と名前を言うてみい。」
… なんと僕だけが名前を言わされ、手帳に書き込まれてしまったではないか。。

 警察官が去った後…茫然自失の悪ガキたち
「ど、どうしよう。」
気の弱い、ハムスターの飼い主は、すでに「半べそ状態」である。
「取りあえず、みんなで先生に報告に行こう!」と僕は提案する。
…しかしこれは、リーダー格としての自覚ではない。
そう、学校と名前をメモられた以上、後刻の発覚は必至とみただけの事。


                                つづく
2012/07/21
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (3:05 pm)
 前述したように〜うちの父親も不良でしたが、私もガキの頃から悪いことばかりやってましたね。。。ま、悪質ではない…つまり人様にご迷惑をかけるとか、そういう訳ではありません。

 あれは、中学校に入りたての頃でしたか…

 クラスメートの一人が、プチガキ大将だった僕の所に、ある相談を持ちかけてきたんです。
その相談と言うのは…奴がお祭りに行った際、売っているハムスターを見て、欲しくて欲しくて我慢できなくって〜小遣いをはたいて買ってしまった…もちろん親には内緒で。
ついては、その餌代がないのだが、何とかならないか〜というものでした。

 なあに〜ネズ公の餌代なんぞは、しれているわけだけれど、中坊しかも1年坊主ですから、そう簡単な訳にもいかない。
「う〜ん。困ったなあ…」と、そこへ寄って来た仲間の悪ガキ数人で、鳩首会議を始めたものであります。
そのとき沈黙を破って「そうだ!いいこと思いついた。」などと言った者がいました。

 奴いわく「近所の草っぱらに 鉄の塊が捨ててあるから、それをクズ鉄屋に売ったらどやろ。」
「おお!そりゃいいわ♪」と皆 単純に賛成。
さっそくその日の放課後、数人の悪ガキは〜意気揚々と出かけたのでありました。

やがて現地に到着…「あったあった♪これだあ!」と嬌声があがる。
見ると、それは丸いドーナッツ状の 赤さびた鉄のカタマリ(のような物)でありました。


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2012/07/06
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (7:00 pm)
 僕が、パチンコで後悔したことは、数限りなくあるわけですが…
なかでも、最も後悔した体験をお話しましょう。

 僕は恥ずかしながら、社会人になってもパチンコが止められず、所帯を持って 子供が出来てからもゲームに興じておりました。
折悪く、貧乏サラリーマンの時分には、学生のころのような「チューリップもの」などは、すでにすたれて〜時代は「フィーバーもの」に移っておりました。
盤面のスロットなどが、文字や絵模様がそろえば大当たりで、一時に1万円位の出玉があるという機械ですね。
この一発逆転が爽快で ズルズルと続けていたのです。

 (何年のことか忘れましたが)新しい年も改まった ある日のこと…
その日は、女房と幼い娘も 田舎から遊びに来た女房の両親と一緒に、3代水入らずで出かけてしまって〜僕が一人で留守番をしていた休日でありました。
連中が帰って来るのは 夕方の予定で、僕はひとり無聊を囲っておりました。
でも大の男が、1日暇を持て余すのも結構たいへんだ。

 昼頃には、虫が疼いて「パチンコにでも行きたいなあ。」
… とは思うが、金が無い。

 その時、フッ…と、悪魔が僕にささやいたのです…
悪魔「あるやないか…金なら」
僕 「どこにあるねん?そんなもん」
悪魔「正月に爺と婆にもろうた、お年玉があるやないか。」
僕 「あほな!あれは孫にくれたお年玉や。僕のん違うわい。」
悪魔「何を子供みたいなことを…勝って返しとけば 分からへんがな。。」
  「お前ならきっと勝てる。大丈夫や。」
僕 「 …… 」

この後、どうなったかは火を見るより明らかでしょう。
そう、皆さんのご推察通りでありました。
その日の、後悔は〜自己嫌悪は〜人生を辞めてしましたいくらいのものでした。 
まさに「小人閑居して不善を為す」(つまらない人間は、暇を持て余すと悪さをしだす〜という意)を絵にかいたような、若き日の苦い苦い思い出でありました。


                                つづく 
2012/06/15
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (5:09 pm)
 若き日の僕は、パチンコにずいぶん痛い目にあいました。

学生の頃は、大学の講義を聞こうと〜下宿を出て…
「ちょっと時間があるから、ひと勝負してから行くかあ♪」
などとノー天気に、校門前のパチンコ屋に立ちより〜少し出だすと止められなくなり、
「もう少し〜もう少し」と思ううちに授業の始まる時刻…。
それでも「少しくらい遅刻してもかめへんやろ。」で ズルズル…

やがて、授業どころか、夕飯も忘れて没頭。
店内に流れる「蛍の光」でハッと我にかえる。

しかも最初のツキは、とうに去り、有り金はたいて飯代すらも残っていない。
いやいや〜どうかすると…帰りのバス代もスッてしまっている始末。。

正にバカの典型ですな。
ところが、何故かパチンコ屋に入るときは「今日こそきっと勝てる!」…ような気がするんですなあ…ばくち打ちの常として…

 月を見ながら、情けなさと後悔を胸に、空き腹抱えて とぼとぼと歩く 下宿までの遠い道のり…
こんな場面が、僕の青春時代には何度もありましたねえ。。。

… でも「そのお陰で…」ってのも変ですが、僕なりに「ギャンブルの本質」ってのを学習しましたね。
多分これからの僕の生涯 ギャンブルで失敗する事はないと思います。(怪しいってかあ〜)
とっても高い授業料でしたが…。(笑)


                                つづく
2012/05/11
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (9:52 am)
 たばこと、パチンコを覚えたのは、時期的にあまり変わらなかったように思います。
高2のころ…たばこもまだ常習化しておらず、普段は吸わない。(自慢げに言うことじゃあないですね。)
もらいタバコか、パチンコで1〜2個とって、大喜びで そのあたりの喫茶店にはいり、コーヒーを飲みながら、一服つける…
至福のひと時でした。(高校生の至福ではないですな)

 当初…パチンコでゲットする景品は、そんな程度のものだから、もちろん大負けなんぞはしない。せいぜい2〜300円といったところです。
ある日、出町のたしか「キング」というパチンコ店で、つい熱くなってしまい〜1,000円もすってしまったことがありました。
いやあ〜自責の念にかられましたね。そのときは…
もう死んでしまいたいような気分でした。(かわいいもんですね)
その頃は、学生食堂などの定食が、100円ほどで食べられましたからねえ…1,000円あれば1週間くらいは食いつなぐことができた時代です。

 そうそう〜学食と言えば、例のY君は、僕と一緒に学食に行き、「野菜炒め定食100円」と書いてあるのを、店の主人に頼んで「味噌汁抜きの野菜定食(特注品ですね)」を70円に値切って食べていました。
そばに居る僕が、恥ずかしい思いをしたものです。
またある時は、僕が寮のちかくの行きつけの喫茶店へ食事をしに行くのについてきて「食後のコーヒーはサービス20円」(単品で頼むと50円)と書いてあるのを見て、自分は何も注文していないのに、僕の定食を指差し「すみません!これの食後のコーヒーをひとつ追加してください。」などと平気で言う。…まったく恥を知らない男でした。
2012/04/13
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (5:31 pm)
 僕とパチンコのつきあいは、その後〜中学校時代を飛ばして、高校時代から中年に近い大人になるまで、ずっと続きましたね。
 特に高校時代は、補導員とのバトルが何度もあり…危ない橋を何度も渡って来ました。

 僕の高校時代は、京都にあった高等学校の男子寮に住んでおり〜「悪ガキの巣窟」といってもよい環境でありました。
酒やたばこ、マージャンに花札… およそ高校生がやっちゃあいかんことは、たいがいやってました。

 パチンコも例外ではなく〜高校2年生の時から、寮の友人に誘われて、河原町から三条〜四条にまで足を延ばして、パチンコ屋に出入りしたものです。
そのうち、慣れてあつかましくなってくると、授業をエスケープしてまで、街へ出かけたりもしたものです。
田舎の坊ちゃん育ちの少年も、親元を離れて暮らし始めると ロクなことはないもんですわ。ほんまに…

 そんな悪ガキたちでも、怖いものがありました。
そう…「補導員」です。
同じ高校の同級生が、パチンコ屋で補導され〜停学処分をくらったとか。。。そういう情報は聞いていました。

 僕の親友のY君は、対抗策として、大学ノートに「D大学 土木学部」などと大書してパチンコ屋に行く時〜持ち歩いておりました。
しかしノートを開くと、そのころ流行ったフォークソングの歌詞や、落書きの類(たぐい)が、書いてあるだけで、「これ大学生のノートかしら?」と疑う内容ではあっても〜決して「大学生らしい」代物ではないわけです。

 でも大将は、それで1度ピンチを切り抜けたって言ってましたね。
本当かどうかは定かではないですが。。
 補導員に詰問された折…ノートを見せて「D大学の3回生(関西では○年生ではなく○回生と言うのです)ですわ。」などと言ってのけたそうであります。
 … まあしかし〜それを信じて見逃した、補導員もたいしたことないですなあ。

 それにしても…なんでわざわざ1回生や2回生ではなく〜3回生なのか??
それは、タバコをくわえて打っていたからで〜3回生でなくっちゃ20歳にはならないからなのです…。(パチンコは18禁。タバコは20禁なのです)
…芸が細かいのか、大雑把なのか分からない男でしたね。キャツは…

 そもそもD大学に「土木学部」なんてあったっけ?聞いたことないですわ(笑)


                                つづく    
2012/03/31
カテゴリ: オヤジのつぶやき : 

執筆者: kureharo (3:29 pm)
 見知らぬこわいオジサンに にらまれて、僕はすくみあがってしまいました。
そりゃあーお子様だもの、当然ですわ。
さらに催促されて、斜め後ろでパチンコに夢中になっている 不良親父を恐る恐る指差した僕でありました。

 件のオジサンは、軽くうなずくと親父に声をかけました。
「もしもし… ××△○×÷△…」
周りがうるさくって、話の内容は僕には聞こえない…。
しかし、徐々に親父の頭が下がっていく模様??。
しまいには、米つきバッタのごとく、ペコペコペコペコ…
しかも〜酒で赤くなった顔をさらに赤くして、なにやら平身低頭の体(てい)じゃないか!

「どうしたんやろ?とうちゃん〜」
「いつも首がまわらへんって言ってたから、金借りてる人やろか?」
… とは、子供だから思わない。。。

 ひとしきりペコペコしてから、親父はあわてた様子で、僕が打っていた台のタマを箱に入れ回収し、次に僕の頭を小突いて〜己の息子を 自分の方に手繰り寄せたのでありました。

やがて… オジサンは、「…ま 今回だけ大目にみてあげますわ!」
などと捨てゼリフを残して、僕を一瞥(いちべつ)すると、通路を狭そうに肩をゆすりながら、去って行ったのでありました。

 皆さんのご明察の通り…かのオジサンは、隠れもない〜天下御免の「補導員」であったわけです。

 かくして危うく補導されにかかった、いたいけな少年でしたが、なんとか保護者への厳重注意という事で、見逃してもらったのでありました。

… しかし。
親父の偉いところは、その後も僕を横においたまま、パチンコを打ち続けたことでありました。


                                つづく

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