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最新エントリ
2007/11/13
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: umemura2 (1:44 pm)
日本のタイル産業は、世界の最先端に居ると思われている方は多いかも知れませんが、実態は生産量では世界の10数位・生産ラインは古式蒼然たる後進国なのです。

30年ほど前より、“トンネル窯”(トンネル状の窯の中で、台車に載せた製品を20数時間掛けて心太のように順次押し出して焼成する。)から“ローラーハースキルン”(窯の中にあるベルトコンベアー状のローラーの上で焼く。かなり大型のものまで数時間で焼きあがる。)に、大きな技術革新が起きた時期、市場に対する不明とその後のバブル崩壊で新技術に対する意欲も投資力も失い、今では人口が1/3・1/5の韓国や台湾より市場は小さく、しかも製造者一人当たりの生産性は国際水準の1/2〜1/3、市場価格は逆の2〜3倍なのです。

中国では、生産の10%も輸出しておらず、尚且つ経済発展している沿岸部に需要が限定されている事を考えれば市場密度は日本の100倍近いと考えざるを得ません。

何故?日本の街を歩けばビル・マンションなどタイルが溢れているのに不思議に思われませんか?

その理由・問題点・矛盾・将来に対する展望など、建築の原点は住宅に在りという基本を軸に、歪んだ建築業と対比して愚考していきたいと思います。
2006/11/29
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: ookura (8:47 pm)
常滑にあるINAXタイル博物館
タイル好きでなくても、必見!!
タイルの歴史や美しいタイルがいっぱい

2006/09/10
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: yamashita (10:12 am)
先日、仲良くしていただいている、建設会社の部長さんより、

『友人が賃貸マンションを15年くらい前に建てたのだが、外壁タイルが落ちたり、水が回ったりしないか調査したいのだが、足場を組んだりしたら、大変なコストになるので、何か良いアイデア無いか?』と、相談をうけました。

ありますよ!!!!

『NPO法人住環境研究会ひろしま』の広島工業大学の清田教授による、赤外線カメラの診断と我々タイル工事専門業者の打診検査によって、簡易診断しますとお伝えしたところ、(予算は20万円くらい)なんと調査依頼がありました。

おそらく調査は2日間くらいかかりますが、その中で本当に大規模改修工事が必要か?補修で良いのか、大まかな指標出せるようお話しました。

この話で、賃貸マンションのタイルの外壁調査はなかなかされず、費用の心配されている、オーナーの方たくさんいるように感じました。


いろいろ、タイルのご相談ありましたら、ご連絡ください。
ご協力します。
2006/07/18
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: umemura2 (12:14 pm)
<最長寿国と家庭風呂>
                  --- 梅村タイル店/梅村 ---

サッカーのワールドカップを観ていても、オリンピックを観ていても、
日本人が身体的に恵まれているようにはどうしても見えません。

また近年大分政治的圧力は衰えましたが、不快な日本医師会が主張するほど、
日本の医療制度が日本人の寿命を延ばしたとも思えません。
(国家財政を破綻させたのは間違い無いですが。)

明治後半から大正期に生まれ、幼児死亡・病疾患の淘汰を生き抜き、過酷な労働と食生活に耐え抜いてきた世代が、戦後高度成長以降の豊かで快適な老後生活を享受できるようになった事が、日本人の平均寿命を飛躍的に押し上げていった最大の要因だと思うのです。

特にその中でも、家庭風呂の普及は何にも増して大なる貢献をしてきたと思います。日本独特の肩まで湯に浸かる風呂で発汗を促し、洗い場で柔軟体操の様に身体を洗う一連の入浴動作は、新陳代謝と清潔の維持にこれ程のものはありますまい。

歴史に「if」という言葉は無いと言いますが、
若し家庭風呂が無かったら日本人の寿命は大分短かったのではないでしょうか?

その役割を担ったのがタイル浴槽の普及でした。

現在は成型浴槽やユニットバスが全盛ですが、日本人の寿命が縮みだしたらオーソドックスな心安らぐ浴室がまた見直されるのかも知れません。
2006/06/12
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: umemura2 (11:10 am)
目の前に柿右衛門手の有田焼の酒杯があります。

入手経路も何時から愛用しているかも記憶が定かではありませんが、
呑ん兵衛を自認するあちくしにとって、最も愛着を持っている焼き物です。
高台内に秀水作と銘があります。

高名な陶芸家が作ったものも何点か所蔵しておりますが、酒に対する嗜好、
冷か燗か、甘口か辛口か、嗅覚が鋭いか否か、唇が厚いか薄いか、鼻が高いか低いか、
出っ歯かどうか等々、相性という面で違和感のある物ばかりでした。

中にはこの先生酒呑んだ事あんの?みたいな杯もありました。

昔、志野焼の気に入った徳利と杯を愛用していましたが、特有の焼きの甘さでおしりから酒が染み出る為、焦って呑まざるを得ず、いつの間にかいなくなってしまいました。

小生にとって良き杯とは、形は平形より筒型、口縁薄く、下唇にぴったり合うような反りを持ち、
実際より多く呑んだ如き感のする、径は親指と中指に納まる物がベストです。
しかし、何故脇を水平に上げ親指と人差し指の先で口縁をつまむ様にして杯を持つのでしょう。

大工さんが右手でトンカチ、左手で鑿を持つことから左手を「鑿手(のみて)」
変じて呑ん兵衛を「左利き」とか「左党」と言う様になったのはご存知でしたか?
2006/05/08
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: umemura2 (5:32 pm)
<<『故郷忘じがたく候』考>>   ―梅村タイル店 梅村―

司馬 遼太郎の小品に、第十四代 沈 寿官と薩摩焼をテーマにしたものが有りますが、その典雅さ、繊細さ、優美さに於いて白薩摩の右に出るものは有りますまい。

(これに比べたらマイセンやセーブル・ウェッジウッドなどとてもとても。)

失礼ながら作品を前にして、十四・十五代父子の容貌との落差を想うと、微笑ましくもあり、また、口から発せられる知性・想いを思い巡らせるとむべなるかな、とも思います。

朝鮮より連れて来られ島津氏に護られ、望郷の中苦難の末に故郷に酷似した苗代川の滸に窯を築き、薩摩藩の至宝と云える白薩摩、更には民間用の自由な黒薩摩へと発展していく苦難と労苦の過程は、思いて余りある物があります。

が、現状の朝鮮(韓国)の窯業を顧みた時、その低迷ぶりに著しく疑問も感じます。

巨大な中国文明に隣接し、傍流故に本家より純化を求めた末の、排他性や偏狭性を儒教や李朝白磁に見るとき、故郷から遠く離れたが為に、薩摩焼まで進化した過程と比して、鴨緑江の幅が20キロあったのなら、『かの国』の文化も大分違ったのかも知れません。
2006/03/28
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: jimukyoku (6:29 pm)
≪貯蔵手段から見た焼き物≫   ―梅村タイル店 梅村―

イヌイット(エスキモー)・パプア高地人・アボリジニ等、狩猟生活が基本の彼等に共通するのは、「器を持たない」という事です。

器を持たない事を文明人と未開人との線引きとする、という基準を聞いたことがあります。

獲物が豊富であれば“ストック”という概念は生まれません。

極寒の地では肉は腐りませんし、ビタミン摂取と同時に燃料が不自由な事もあり、肉の生食は必然になります。

又、赤道付近の高地のような気候気温の変化の少ない環境下での、タロイモ等を常に収穫可能な所では器は必要なかったのでしょう。

一方、ブドウ・オリーブ等に収穫が限られ、ビタミンの補充の為の必需品としてワインを作らざるを得なかった地中海沿岸地域では、容器としてアンフォーラ等の焼き物は、なくてはならない物だったと思います。

この辺が、文明の引き金の一つになったと愚考する物です。

しかし主食に関しては、高分子のデンプンの粒子であり器を必要とせずとも長期間ストックする事が可能な米麦等の食品にならざるを得なかったのでしょう。

水がめ等を除けば、焼き物は貯蔵手段より食器として発達し、室町期の備前の大瓶なぞ私は何に使ったのか疑問が残ります。

近世になって土管・耐酸瓶等化学変化・腐食に強い為一時重用されましたが、化学製品などに押され衰微してしまいました。

今後環境にも感性にも優しい「器としての焼き物」を夢想するのですが。
2006/03/17
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: jimukyoku (11:13 am)
≪景徳鎮とデトロイト≫          ―梅村タイル店 梅村―

西暦1602年に設立された、オランダ連合東インド会社の最重要取扱商品は、景徳鎮を主生産地とする中国磁器でした。

が、明(1366〜1644)末から清(1616〜1912)の移行期、国内の混乱と清朝初期の貿易制限のため、輸出が止まってしまいました。

その為彼らが目をつけたのが、朝鮮から陶工を誘拐し、磁器を作り始めた有田でした。

初期伊万里(有田)は、既に赤絵を始め、各種の加飾法を確立していた景徳鎮と比べれば悲しいほど稚拙な物でしたが、東インド会社のハッパのお陰もあり、柿右衛門様式等ヨーロッパで絶賛される「アリタ」迄一気に発展していきます。

柿右衛門の柿の朱(あか)への苦闘の逸話は、この間の努力から来たものと思われます。

「アリタ」がヨーロッパを席捲した17世紀後半、中国国内も安定し、景徳鎮も輸出を再開します。

その時、なんと中国磁器は柿右衛門のコピーを作るのです。

アレレ?何処かで聞いた話だと思いませんか?

そうです、我々日本人は時計でもカメラでも造船でも家電でも自動車でも、昔から同じパターンを繰り返してきたのです。
2006/03/10
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: jimukyoku (4:49 pm)
≪サルは何故“巣(家)”を作らない?≫
                      ―梅村タイル店 梅村―
     
“世界最北限に生息するサル”と言われている、下北半島のニホンザルが吹雪の中、木の枝の上で身を縮こまらせて寒さに耐えているのを見ると、大なる疑問を感じざるを得ません。

空を飛ぶ為、身を軽くする代償として脳を小さくした(物忘れの代表の様に言われる)鳥でさえ、嘴だけで巣を作り(ハタオリドリの巣など芸術品です)木に穴を穿つというのに、より大なる知能と自由の利く手足を持ちながら、何の策もなく食料の備蓄すらしないで木の皮を齧って樹上で丸まっているだけのサルを見ると、決して同情に値しないと思うのですが?

日本のサル学(京大の今西 錦司教室)は世界的に有名ですが、欧米にこの分野が弱いのはヨーロッパや北米にサルが生息しておらず、馴染みが薄かった事も一因かも知れません。イソップ童話にカラスと壷の話はあっても、サルは出てきません。ですが、よしんばサルがいたとしても、行動様式を取ってみると他の動物とそれ程の差異は感じられませんから、大した話は作れなかったかも知れません。

石器を開発して生産手段とし、土器を作ってストック・調理の道具として文明をスタートして行った人間と比較すると、“物を作る”という事が如何に脳に大きなインパクトを与えたか?ということなのでしょう。ただ今の日本の現状を考える時、パンツを履いたサルか毛の抜けたサルが人間なのか、と忸たる思いを致すのは、小生だけでしょうか?
2006/03/08
カテゴリ: よもやま話 : 

執筆者: jimukyoku (2:27 pm)
≪縄文式土器と弥生土器≫      ―梅村タイル店 梅村―

上野の国立科学博物館で、初めて縄文土器 特に火炎土器を前にした時受けた感銘は、今も忘れることが出来ません。

底の焦げた生活の匂いとオーバーデコラティブな造形、明日を知れぬどころか今日生きる事もままならなかった狩猟生活の中で、これ程の美的感性と精神的豊かさを、生活用器の中に具現した我々の先祖を思う時、
現在の不況なぞ如何程のものでしょう?

弥生土器を前にすると、焼物としての進歩は認めるものの、農耕による物質的豊かさと生活の安定が精神に何をもたらすのか?

戦後60年の日本の軌跡を小生のような団塊世代から見ると同一線上にあるような気がするのは思い過ごしでしょうか?

ご存知かと思われますが、弥生土器の名は東京大学の北側の本郷弥生町に由来しております。

日本中に田んぼがいくらでもあった時代、何で本郷でしかも高台から発見されたのか長く疑問に思っております。

発見が1884年という事から、考古学の無かった日本が明治以降欧米の文化の流入の中で大森貝塚と同じ過程で見つかったのかも知れません。

かも?         

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